概要
-山々に囲まれたツーク湖の北東の端に位置するツーク州の州都。
-一帯は果樹園が多くキルシュ(チェリーブランデー)の産地としても有名。
-背後にはツーガーベルクZugerbergの緑の丘が続く。
-考古学的発掘調査によれば、ツークの地は、新石器時代以未達綿と人々が′居住してきた場所であるらしい。
-中世になると次々に、レンツブルク家、キーブルク家、ハプスブルク家の所領となり、スイス連邦の 一員となったのは1352年のこと。
-近代的な駅前から湖畔へ下りていくと、13世紀初めにキープール伯が築いた美しい中世の町が残されている。
-旧市街には13〜16世紀の時計塔、13世紀の礼拝堂、16世紀の火薬庫、後期ゴシック様式の15世紀の教会や16世紀の市庁舎などの歴史的な建物とレストランやショップが点在する。

データ
-人口:約25000
-標高:425m


アクセス
鉄道
チューリッヒ中央駅からルツェルン行き普通列車で約25分、30分ごと。(空港駅からは約40分1時間ごと。
ルツェルン駅からは約25分。

ツーク湖 Zuger See 
-面積38ku、水深は200mにもおよび、スイス領土内の湖としては6番目に数えられる。
-南北に細長く、約14kmにわたって伸びている。
-湖はキーメン半島によってほぼ2分されている。
-その薄青い湖水、そびえ立つリギ山を背景にした、姿のよい南側の丘陵の眺め、観光的設備などと相まって、ここは避暑客にとくに喜ばれている。
-湖畔のゼー通りSeestrasseからアルペン湖岸通りAlpenquaiあたりにかけての景観は特にすばらしい。
中央スイスの諸峰(リギ、ピラトウス、ビュルゲンシュトック、シュタンザーホルン)はもちろん、その背後のベルン・アルプス(フィンスターアールホルン、ユングフラウ、ブリュームリスアルプ)まで眺められる。

旧市街
見どころは旧市街に集中している。
火薬塔 Pulvenurmとカブチン会修道僧の塔 Kapuzinerturmのように、城塞都市だった頃の遺跡を若干残している。
-ウンター・アルトシュタット通りとオーバー・アルトシュタット通りの界隈は、歯状装飾を施した切妻壁の古い家々が立並び、中世の面影を伝えて風趣に富む。

フィッシュマルクト(魚市場)の家々はバルコニーが突き出て、庇が彩色されている。
-時計塔Zytturmはツークの旗の色(白と青)に焼かれた瓦屋根の上に立ち、その先端は細長い小鐘塔になっている。
文字盤の下には、スイス連邦に加入した最初の8州の紋章が見られる。
なおツークは連邦に加わった7番目の州である。

コリン広場Kolinplatzは、16世紀の建造物、市庁舎Stadthausの立つ古い家並に囲まれ、その美しい噴水には花壇の彩りが添えられている。
この噴水にはまた、騎士ヴォルフガンク・コリンの像が立っている。
彼は地方豪族の出で、その一門はアルベドの闘いで目ざましい働きを示した。
この戦いにおいて、レヴェンティーナの谷を守ろうとしたスイス連邦軍は、ミラーノ公爵軍に敗北した(−422年)のだが、その折コリン家の一人は命を投げうって軍旗を守ろうとし、彼から軍旗を受けとったその息子もあえない最期を遂げたという。

聖オスヴアルト教会 St.Oswald
15〜16世紀に建立された後期ゴチック様式の教会。
尖頭形ボールトの内部は、どっしりとした柱のせいで薄暗い。
身廊と聖歌隊席は、フレスコ画で飾られた仕切り壁で隔てられている。
聖歌隊席ならびに身廊の両側には多くの聖人像が立ち並び、側廊の小礼拝室にはそのどちらにも3枚開きの金泥彩色板絵が、身廊のボールトや側廊にはフレスコ画が飾られている。

ツーク周辺の見どころ
ツーガーベルク Zugerberg
標高988m。市内から7.5km。
山頂からの景観はほとんど全方位に開けている。北西にツークとその湖、南西にピラトウス山、南にウーリ=ロートシュトックとウーリ・アルプス、東の樅の林の切れ目からは、ウンター=エーゲリ村とその湖が望まれる。北のチューリッヒの方向には、「ミッテルラント」の起伏がゆるやかにうねっている。 

カッペル Kappelの旧大修道院
市内から8km。
宗教改革家ツヴィングリが死んだのはこの村の近くであった。
この教会の控え壁、とがった屋根、細長い鐘楼を載せて高くそびえ立つ姿は遠くからでも目につく。
13世紀(聖歌隊席)、14世紀(身廊)に建造され、その端正な輪郭といい、優雅なランセット・アーチの窓で飾っただけのファサードのシトー会的な簡潔さといい、初期のゴチック様式をよく表している。
内部も見るべきものはいくつもある尖頭形ボールトの広い身廊とその楕円形の側廊(ボールトの要石は美しく彫りこまれ、彩色されている)、平らな外陣(大型ステンドグラスは近代のもの)、聖歌隊席、人間や動物の顔が彫刻された円陣聖職者席(14世紀、その母犬と仔犬たちの群は一見に値する)、またこの両者の間の、愉快な題材を扱った指物細工の仕切り壁、内陣外周歩廊のフレスコ画の残存(14世紀、薄浮彫の肖像の聖マルタン、キリスト、聖人たち)などである。
床のあちこちには古い墓石が据えられている。
中でも特筆に値するのは、身廊右手の壁の六つの窓の上に高く取付けられた、見事なステンドグラス(14世紀)である。
これはイエスの生涯の幾つかの場面を取上げており、最後の場面は入口そばの「礫刑図」である。
昔の修道院の建物のうち2棟が、教会の裏手に残っている。

(参考資料:スイス政府観光局など)