王室の歴史
イギリスの歴史のおいて王朝の変遷は幾度かあるが、現在のウインザー朝はドイツのハノーバー家に由来する。1714年にスチュワート朝のアン女王が亡くなると、ジェームズ1世の子孫だったドイツのハノーファー(英語でハノーバー)選帝がジョージ1世としてイギリスの王位にもついた。
その後、1837年にビクトリア女王が王位に着いた際、ハノーファー公国は王家のすべての男系親族が絶えた場合にしか女子相続が認めていなかったため、選帝侯には別の人物が着き、同君連合は解消されることとなった。そして、ビクトリア女王の夫の家名サクス=コーバーグ=ゴータの名称を経て、ジョージ5世の時に後に第1次大戦でドイツと敵対した国民感情にも配慮して、王宮の所在地の名をとり、ウインザー朝と改称したのである。

王室の役割
イギリスは立憲君主制であり、元首は国王になる。「王は君臨すれども統治せず」という有名な言葉がある。これは前述のジェームズ1世が、生涯のほとんどをドイツで過ごし、イギリスの政治に興味を示さずに政務を首相ウォルポールに任せたことに由来するが、これがよい意味で立憲政治の基礎を築くこととなった。
今でも形式としては、イギリスは女王の名において女王陛下の政府によって統治されていることになる。しかし、女王は実質的に政治的な権限を自由に行使しているわけではない。イギリスの議会は王権と対峙したこともある古い歴史を持ち、議会制民主主義の伝統がある。現在はそれぞれの伝統を守りつつ現実的なバランスを取って機能していると言えるだろう。
国王の主な役割としては国会の招集、閉会、解散や、勲章の授与などがある。システム的には日本の天皇とほぼ同様である。また、王室のメンバーは学術、スポーツ、福祉団体などの名誉総裁としてセレモニーに参加したり、海外からの賓客の接偶や海外でのイベント参加などを通じて国際親善に精力的に努めている。これもまた、日本の皇室と同様の役割を果たしている。

主なロイヤル・ファミリーの略歴
●エリザベス女王II世 (アレクサンドラ・メアリー)
1926年生まれ。故ジョージ6世の第1王女。47年フィリップ・マウントバッテン伯(現エディンバラ公爵)と結婚。52年2月6日王位継承。53年6月2日戴冠。
1975年に英国元首としては初めて日本を訪れている。
ちなみにエリザベス女王の本当の誕生日は4月21日だが、公式の誕生日は通常6月の第2土曜日。

●エジンバラ公 フィリップ・マウントバッテン伯爵
1921年生まれ。ギリシャ王族の出身。幼い時からイギリスで暮らし、第2次大戦中は海軍に勤務。47年にイギリスに帰化し、エリザベス2世と結婚。陸海空三軍の元帥。
WWF(世界自然保護基金)インターナショナル名誉総裁。

●チャールズ皇太子(フィリップ・アーサー・ジョージ)
1948年生まれ。エリザベス女王の長男。王位継承権の順位第1位。ケンブリッジ大卒。
皇太子は伝統的に the Prince of Wales の称号を授けられている。
ザ・ナショナル・トラストの総裁。

●ウィリアム王子(ウィリアム・アーサー・フィリップ・ルイス)
1982年生まれ。チャールズ皇太子と故ダイアナ元妃の長男。王位継承権順位第2位。
2001年9月にスコットランドで一番古い歴史を持つ大学、セント・アンドリューズ大学に進学。

●ヘンリー王子(ヘンリー・チャールズ・アルバート・デービッド)
1984年生まれ。チャールズ皇太子と故ダイアナ元妃の2男。王位継承権順位第3位。
ヤンチャ振りで世間を騒がせたが、2003年6月にイートン校を卒業した。その後1年間は自由な時間を過ごし、翌年から陸軍士官学校に入学する予定。

●アン王女(アン・エリザベス・アリス・ルイーズ)
1950年生まれ。エリザベス女王の長女。
競馬好きで自ら騎手として登場したりと活動的、自らハンドルを握って愛車を飛ばし、たまにスピード違反で捕まることも。『ローマの休日』のアン王女よりもっと奔放?
英国セーブ・ザ・チルドレン総裁。

●ヨーク公(アンドリュー王子)
1960年生まれ。エリザベス女王の次男。結婚前まではアンドリュー王子と呼ばれていた。海軍士官学校を経て海軍入隊、ヘリコプターパイロットの経歴がある。イングランド・サッカー協会総裁。

●エドワード王子(エドワード・アントニー・リチャード・ルイス)
1964年生まれ。エリザベス女王の三男。ケンブリッジ大卒。
ナショナル・ユース・ミュージック・シアター(NYMT。青少年によるミュージカル劇壇でアンドリュー・ロイド・ウェーバーも支援)総裁。

英国王室の人々はなかなか個性的で、それぞれユニークなイメージがある。行事でのスピーチもわりと長めで、学術会議でも細かなところまで言及したり、パーティーでは冗談を交えたりする。王室内での意見の相違もたまに見られたり、新聞や週刊誌にゴシップ話が掲載されるなど、その言動は日本人の持つ王室のイメージの枠から少々はみ出すこともある。(TA)