ドレスデン Dresden

ザクセン州州都
人口約51万人

概要

ドレスデンはライプチッヒLeipzigの南東 100 km, ベルリン Berlinの南 165 km、チェコの首都プラハPragueの北約150km に位置する。
エルベ Elbe川沿いの平地に開けた街。

第二次世界大戦で大規模な空襲に遭い、大部分が破壊してしまった。
しかし、その後市民の尽力により復興を遂げ、かつての輝きを取り戻しつつある。

大戦終結の数力月前、1945年2月13日から14日にかけて、連合軍の猛爆を受け、大量の爆弾が投下され、町は灰塵に帰した。3回にわたる波状攻撃で、ドレスデンは徹底的に破壊され、3万5000人もの人々(が亡くなった。その多くは他の街からの避難民であった。
まだ余燼のくすぶる廃墟の中から、町の重要な歴史的建造物の残骸が、黒い骸骨のように突き出ていた。大火災によって市街の75%が破壊されたのである。

戦後の市民の懸命な努力によって、その輝かしい遺産をほぼ忠実に再建してきている。
戦後、東ドイツ時代にはまだ瓦礫の堆積のままの状態で放置されているのが旧市街を中心にあちこちに見られたが、ドイツ1990年の東西ドイツ統合後は再建も加速し、観光地としての開発も顕著で、かつての華やかなバロック様式の建造物は復元され、世界中から多くのお観光客を集めるようになっている。

18世紀前半、ザクセン公国の首都は「北のフィレンツェ」と呼ばれるほど、ヨーロッパ中にその名を鳴り響かせていた。この街は、ザクセン選帝侯、剛胆王アウグストとその息子アウグスト3世を中心とする芸術活動の核となっていた。
当時の町は経済的・文化的興隆期を迎えていた。
この2人の選帝侯によって、みごとなバロック様式のツヴィンガー宮殿Zwinger、日本館Japanisches Palais、ホーフ教会(宮殿付属教会)Hofkircheが建築された。
また、類を見ない芸術コレクションは、この2人の選帝侯に負うところが大きい。
コレクションに、さらに19、20世紀のドイツの画家の作品を加え(ドレスデンはドイツ表現主義揺籃の地である)、ドレスデンはヨーロッパ有数のみごとな芸術コレクションを誇ることになる。音楽の面では、国立歌劇団や国立管弦楽団が、世界的な名声を博していた。

1717年、32歳のバッハは見聞を広めるため、当時もっとも隆盛を極めていたこの街を訪れている。
壁面に描かれた長さ102mの「君主の行列」。マイセン焼きのタイルで描かれた壁画にかつての繁栄を想う。「まるでタイムマシーンに乗っているようだ」と、訪れた人々が声をあげた。
広場に建つプロテスタントのフラウエン教会。宗教改革を指導したルターは、ルター派の教会音楽士であったバッハにとって尊敬する人物だった。
街には音楽を愛した君主のもと、イタリア音楽を始めとする最先端の音楽が溢れていたという。この街は、バッハの後々の作曲活動に大きなインスピレーションを与えたといわれる。

ドレスデンはエルベ川をはさんで、歴史地区である旧市街Altstadtと、現代的な生活がしっかりしみついている新市街Neustadtがある。新市街といっても旧市街より少し新しいだけだが、ドイツのどこよりも歓楽街が密集しているし、ドレスデンにいる多くの学生たちは楽しむ街となっている。この無秩序に広がる街は、訪れる人々に変わることなく愛されている。
旧市街と新市街を結んでいるのは、アウグスト橋
アウグスト強王の命により建築技師ペッペルマンが設計、1731年に完成。

都市の発展とともに旧市街と新市街の往来が激しくなり、エルベ川に車両用の橋を建設することとなった。しかし、エルベ渓谷一帯は世界遺産に登録されていた。
ドレスデンは世界遺産委員会からの警告にもかかわらず建設が推進された。そして2009年に世界遺産リストから登録抹消された。

ドレスデンは旧市街の歴史的建造物を見て回るだけなら、ベルリンやライプチッヒに滞在していて日帰りしても可能だが、ドレスデンを広く知るためには数日滞在して、近郊のマイセンや、ザクセンスイスなども見て回るようにすると、よりドレスデンがよくわかるようになるだろう。

ドレスデンへのアクセス

空路

EU域内やイギリスからの直行便が就航している。
浮き沈みの激しいLCCも就航しているが、先々の瓶を日本から手配するのはリスクが伴う。
日本からは、ミュンヘンまたはフランクフルト経由が便利だ。
コロナの影響で経済事情の変化でヨーロッパ内の航空便のルートも大きく変化してくると考えられる。列車の方が確実のようだ。

空港

ドレスデン・クロッチェ空港 Dresden Klotzsche Airport(IATAコード;DRS)
www.flughafen-dresden.de
街の中心部から9km北にある。
空港へは、Sバーンの2番(S2系統)で直通(30分)。
エアポート・シティ・ライナーAirport City Linerのバスは、ドレスデン・ノイシュタット駅 Dresden-Neustadtと中央駅 Hauptbahnhof から出ており、数軒の主要ホテルを含む市内の主な場所に停車する。

鉄道

ドレスデンには2つの主要な駅がある。
街の南側旧市街にある中央駅 Hauptbahnhofと、川の北の新市街側にあるドレスデン・ノイシュタット Dresden-Neustadt駅である。
どちらの駅にもほとんどの列車が停車し、トラムとSバーンの線路がこの2駅を10分で結んでいる。 
ドレスデン・ミッテ Dresden-Mitte駅は主要な2駅にはさまれたわびしいプラットホームにすぎない。

ドレスデン中央駅 Dresden Hbf まで
ベルリン中央駅 Berlin Hbfから直通のICEまたはICで2時間15分。ほぼ2時間間隔。
ほかにハレ Halle(Saale)Hbf やライプツィヒ Leipzig乗継便は3時間ほどかかる。
ライプツィヒ Leipzig Hbf からはICEで約1時間、普通列車REで約2時間半。各1時間間隔 Sバーンは30分に1本マイセン Meissen行き(45分)がある。

フランクフルトFrankfurt(Main)Hbf からはライプツィヒ Leipzig Hbf乗り継ぎで約4時間30分、
ミュンヘンMunchen行き( 6時間45分)、
ニュルンベルクNurnberg Hbf エアハルトErfurt Hbf ライプチッヒLeipzig Hbf などで乗り継いで4時間~5時間。

バスターミナル

ドレスデンのバス発着所は中央駅の隣にある。
地方バスは、ザクセン内の遠隔地を目指して発車していく。

ドレスデン市内の交通機関

ドレスデン・シティ・カードDresden City-Card
(48時間有効)12の美術館、博物館の入場が無料で、公共交通機関に乗り放題。
街のツアーや遊覧船も割引される。

路面電車

12路線、総延長134㎞とかなり長い。
利用者が多い為、列車編成も約45mと長大である。
東西ドイツ統合後は超低床車の車両が投入されている。
旧市街の中心地へ行くには、中央駅停留所から3つ目の旧市街ピルナイシャー広場。

時折、路面電車の線路を使って貨物列車、「カーゴトラムCarGoTram」が運行されているのを見ることができる。世界的にも例を見ない電車方式の列車だ。
近隣にあるフォルクスワーゲンのグレーゼルネ・マヌファクテュアは敷地面積が若干狭く、資材や部品の倉庫を設置できなかったため、市の西部にあるドイツ鉄道の貨物駅に隣接して倉庫を建設した。工場と倉庫をトラック約3台分の荷物を積載が可能な5~7両編成の貨物列車(両端が電動車、中間が付随車のいずれも有蓋車)が40分間隔で、約18分掛けて往復している。

ケーブルカーとモノレール

市東部のエルベ川に青い奇跡の橋(正式名称はロシュヴィッツァー橋)と呼ばれる鉄骨構造の橋が架かっているが、その北岸の丘陵地に、ケーブルカーとモノレールがある。

ケーブルカー「ドレスデン鋼索鉄道 Standseilbahn Dresden」 は路線の長さ547m、高低差95mで、1895年に開業しており、モノレール「空中鉄道ドレスデン Schwebebahn Dresden」は長さ274m、高低差が84mで、1901年の開業である。
両交通機関は、1893年に完成した橋「青い奇跡」と並んで、世界遺産ドレスデン・エルベ渓谷の産業遺産とされていたが、ヴァルトシュロッセン橋の建設により、2009年に世界遺産の登録が抹消されている。

エルベ川のクルーズ Saechsische Dampfschiffahrt

定期運航は4-10月下旬。
ただし、アドベント期間中はシュトレン付や夜景を楽しむ特別便が運行される。
エルベ川からザクセン・スイスへのリバークルーズ
冬期は1日1便(朝)
船着場 Anlegestelle は観光案内所 Tourist Information から徒歩5分
船の大きさやモデルによって所要時間が大幅に変わるので、利用する際に比べる必要がある。
www.saechsische-dampfschiffahrt.de

ドレスデンの市街地

(旧市街 Altmarkt)

ドレスデンの歴史地区
アルトマルクト広場には、歴史ある建物が周囲に並び、観光客や地元の人でにぎわう広場だ。
空爆によるがれきの山が取り除かれ、経済的にも美観的にも改善されつつある。
レストランやカフェが並ぶ。市が開かれていない時には外に座って広場を眺めるのもいい。
冬のクリスマスマーケットはドイツ最古のクリスマスマーケットとしても有名。
アルトマルクト・ギャラリーAltmarkt Galerie ショッピング・センターもある。

(新市街 Neustadt)(右岸地区)

アウグスト強健王の金張りの騎馬像Goldener Reiter (1736年)が立つ新市街マルクト(広場) Neustadter Marktと、アルベルト広場Albertplatzとを結ぶハウプト通り(中央通り)Hauptstrasseは、歩行者専用区域となっている。1945年の悲劇の後、趣味のよい復興計画の対象となり、18世紀の住宅建築も、かなりのものが保存されている。
ここにあるキューゲルゲンハウスKugelgenhausは堂々たるバロック建築で、ドレスデン初期ロマン主義博物館Museum zur Dresdner Friihromantik (Hauptstrasse 水~日10:00~18:00)となっている。
北に進むと、三王教会 Dreikonigskircheがある。教区の教会で、設計はペッペルマン。
ここはルネサンス期の美しい芸術作品を何点か所蔵しており、その中にかつてはシュロスSchloss(宮殿)を飾っていた「死の舞踏Dance of Death」もある。
 アルベルト広場Albertplatzには中心部に向かう道の両側に2つの美しい噴水があり、それぞれ荒れ狂う水と、静かな水を現している。
円形の広場の北側には示唆に富む大理石製のシラー像と、掘り抜き井戸を水源とする噴水がある。ドレスデンの人たちは今でもコーヒー用にここの水を汲みにくる。
ケーニヒ通りKonigstrasseはハウプト通りの西側にほぼ並行に延びており、おしゃれなショッピング地区に発展してきている。

ドレスデンの見どころ

ツヴィンガー宮殿 Zwinger

18世紀におけるザクセン王国のバロック建築の最高傑作と言われている。

1709年にアウグスト王の命で建てられた。
広い中庭、王は毎晩のように貴族たちを集めてこの庭園で宴を開いていたという。
今は様々な博物館となっていて、ザクセン王国が世界中から集めた宝物が展示されている。
ツヴィンガー宮殿(1728年)は戦時中ひどい打撃をうけたものの、ほとんど再建された。

マイセンの陶磁器で出来た40のかわいらしいカリヨン(組鐘)があり、毎時美しい音色を響かせるグロッケンシュピールパヴィリオンGlockenspielpavillon (ゾフィ一通りSophienstrasse)から入ると、ツヴィンガー宮全景を最もよく見渡すことができる。

もともとアウグスト強健王が、古い要塞地帯をオレンジ園に作り変える計画を立てた。
しかし、王の建築士マテーウス・ダニエル・ペッペルマンMatthaus Daniel Poppelmann (1662~1736)の構想は、この計画を遥かに越えるものとなった。こうして建築期間中にも終始そのコンセプションが変わっていき、ついにこのような、回廊とパヴィリオンが取り囲む広大な施設が完成した。
窓やアーケードにロマネスクのアーチ形が多用され、ツヴィンガー特有のリズム感のある調和を生んでいる。このドイツ・バロック珠玉建築の魅力は、イタリアを経験したバイエルン出身のバルタザル・ペルモーザーBalthasar Permoser (1651~1733)の工房作の装飾彫刻と、建物本体がしっかりと馴染んでいる点にある。
 広大な方形の祝祭広場Festspielplatzの両側の半長円形の湾曲部には、グロッケンシュピールパヴィリオン (仕掛け鐘時計のパヴィリオン) Glockenspielpavillonとヴァルパヴィリオン(塁壁パヴィリオン)Wallpavilionが組み込まれている。特に後者における建築と彫刻の調和は、申し分がない。
水平方向に延びる壁の一つとして、垂直方向の線の流れを壊していない。この垂直方向の線は、植物の装飾に埋まった表情豊かなヘルメス神の柱像によって、緊迫した活気を与えられている。パヴィリオンの頂点を飾るのは、ペルモーザー直筆の署名のある唯一の彫刻「地球をかついだヘラクレスHerkules als Globustrager」。
 ヴァルパヴィリオンの階段を上りテラスに出ると、右手はニンフェンバート(山・海・川・森の精ニンフの浴場)Nymphenbadに通じている。
ペッペルマンがこのすばらしいニンフ殿堂の着想を得たのは、イタリア旅行中のことであったに違いない。この殿堂は、ロココ様式の石化した自然(洞窟や花)の連携の妙や、優美な女人像によって、抗しがたい官能的雰囲気を放っている。
南西建物を締めくくつているのは、優雅なツヴィンガー回廊Zwingergalerie。この回廊は外側から眺めるべきなので、クロ-ネン門(冠の門) Kronentorをくぐっで、外から眺めるのが一番よい。クローネン門は上下に並んだ二つのアーチで構成され、四季を表した彫像で飾られている。
門の頂点を飾るのが、4羽のワシの支えるポーランドの王冠。北東側には、ゴットフリート・ゼンパーGottfried Semper (1803~1879)作の回廊(1847年)がある。
1728年以来、この場所は王家のコレクションの展示にあてられていた。

ツヴィンガー宮殿内には6つの博物館がある。 その中で最も重要なのは、ラファエロの「システィーナのマドンナSistine Madonna」などの名作が呼び物のアルテ・マイスター絵画館Alte Meister Galerie と、儀式で用いる武器のコレクションが素晴らしく立派な武器博物館Rustkammerである。
目がくらむほど素晴らしい陶磁器コレクションPorcelain Collection はもうひとつの呼び物で、マイセンの古典的作品もたくさん所蔵されている。
古い楽器や地球儀、計時器などが展示されているのは数学物理学博物館Mathematics and Physics Salonである。自然史博物館Naturhistorische Sammlungen と、鉱物学地質学博物館Museum of Mineralogy and Geology は、要塞の「王冠の門下Unterm Kronentor」部分にある。

アルテ・マイスター絵画館 Gemaldegalerie Alte Meister

ゼンパー館、西翼。
アウグスト強健王とその後継者アウグスト3世のもとに各地から集められた、世界屈指の絵画コレクション。彼らの時代の最も重要な芸術家たちが、その傑作とともに紹介されている。
とりわけ注目すべき作品はラファエロの「システィーナのマドンナ」(1512-13)、そしてイタリアルネサンスのもう一つ有名な作品が、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」だ。
これは1510年のジョルジョーネの死後、未完成のまま残されている。
この他、レンブラントやフェルメール、クロード・ロラン、プッサン、エル・グレコ、ベラスケス、クラナッハ、デュラーら、西ヨーロッパの巨匠による数々の作品がある。
特に、カナレットによるドレスデン市街の描写は、18世紀当時のドレスデンとピルナの様子を正確に伝えている。

武器博物館 Rustkammer

ゼンパー館、東翼。最高級の工芸品といえるこの並外れた陳列品には、兵器ファンならすとも魅了されるだろう。武具甲胄類Rustungen、特にアウクスブルクの金属エアントン・ベッフェンハウザーAnton Peffenhauserの作品が印象的。
また、アントワープのリバエルトLibaertの手になるスウェーデン王エリーク14世の甲胄はひときわ豪華である。
ザクセン宮廷の子供武芸競技において着用された子供用甲胄のコレクションも、他に類を見ない。その他、競技用武器、拳銃・鉄砲類も必見だ。

陶磁器コレクション Porzellansammlung

入口はソフィー通りSophienstrasse。
18-19世紀の中国や日本の陶磁器の芸術を豊富に収蔵、そのコレクションは質量ともヨーロッパで有数を誇る。
その収集癖はザクセン軍600人と陶器を好感したことでも知られる。
ヨーロッパ最古の硬質陶磁器マイセンは1708年強王の命を受けた錬金術師ベドガーによって発明された。マイセン磁器の歴史的銘品も数多く収蔵されている。

アウグスト強健王が集めた中国(18世紀全盛期のもの)、日本の陶磁器の芸術を豊富に収蔵。また、マイセンMeissen の有名な陶磁器製作所のものも集めてある。とくに注目すべきは、マイセンのJ.ケンドラーやCh.キルヒナー作の、実物大の動物・人物像(18世紀前半)を集めた上階の部屋。
ここではまた、いわゆる「赤い炻器(せっき)」を製作した後、1708年ヨーロッパ陶磁器製造に成功した人物、ヨハン’フリードリヒ’ベットガーJohann Friedrich Bottgerへの注意が喚起されている。多色陶磁器製造に関する彼の初期の試みは、注目に値する。
大展示室には18世紀のマイセン磁器と、52の小鐘からなるグロッケンシュピール(鐘の鳴る仕掛け時計)が陳列されている。

数学・物理学サロン
Mathematisch Physikalischer Salon

北西角のパヴィリオン。
測定器(温度計、気圧計、時計)、地図学上の道具(地球儀)、観察器具などの古い道具によって、これまでの科学者たちの発明精神が伝わってくる。
また、2階の時計コレクションは、16世紀以降の最も代表的なモデルを網羅している。
中央にヨハネス王(1854~1873)の騎馬像が立つ劇場広場Theaterplatzに向かう途中、フ リードリヒ・シンケル設計の旧市街衛兵所Altstadter Wacheを通る。

ゼンパー・オペラハウス Semper Oper

央駅からトラム1番で5つ目、劇場広場
チケット売り場は広場の反対側、停留所近くの角の建物。
19世紀の巨匠ゴオトフリード・ゼンパーの設計により、1841年4月12日ザクセン王国の宮廷劇場として開場した。
1869年に火災で全焼しその後再建するも、第二次世界大戦時の空襲により再び焼失。
1985年に再建され輝きを取り戻した。
半円形の弧を描くファサードは、2層のアーケード階に、やや引っ込んで第3層目が載っている。
両側壁の壁龕(へきがん)には、右にシェイクスピアとソフォクレス、左にモリエールとエウリピデースの像がある。
初代音楽監督はドイツオペラの礎を築いた作曲家カール・マリアフォン・ウエバーが務めた。
その後もワーグナーの「タンホイザー」やリヒャルトシュトラウスの「サロメ」など、名作オペラの初演が上演され、音楽の都ドレスデンの名声を生んだ中心的劇場となっていた。
東ドイツ時代は国立オペラ劇場となっていた。現在はザクセン州立オペラ劇場となっている。内装の豪華さは世界トップクラスを争うといわれている。
夏季を除くとほとんど毎日オペラやコンサート、バレエの上演されている。
リハーサルのない時間帯には、ガイドツアーがあり、10eurで劇場内を見学することができる。

宮廷教会 Hofkirche
(旧カトリック・ホープ教会 Ehemalige Katholische Hofkirche)

城から橋でつながれた先に建つ。
1738年から1755年にかけて建てられた巨大なバシリカ教会堂(5000平方mで、ザクセン州の教会中、最大規模のものである。
プロテスタントが主流のこの町で、改宗者であるアウグスト強王が1739年にこの教会を建築に先立ち、アルベルト家は、ポーランドの王位を手にするためカトリック教に改宗していた。市内は大騒ぎとなった。
建築に当たっだのは宮廷付きのイタリア人建築家、カエタノ・チアヴェリで、建設作業のためにイタリアから仲間を呼び集め、エルベ河のほとりに住まわせた。
「イタリア村」と呼ばれるこの場所は、今では川沿いに洒落たテラスの付いたレストランとなっている。
教会の手すりには、聖人たちの砂岩の彫刻が並び、内装も美しいバロック調にまとめられている。
イタリア・バロックの影響が濃いこの教会には、高さ85mの鐘楼がそびえ立ち、軒上から屋根にかけての部分は、使徒と諸聖人の像で飾られている。
身廊は、四つの長円形礼拝堂に通じている周歩廊で中央廊と側廊に分けられている。大祭壇上には、キリスト昇天を描いた、アントン・ラファエル・メングス作の非常に美しい祭壇画(1750年)がある。
説教壇は、1722年バルタザル・ペルモーザーBalthasar Permoserの作。またパイプオルガンの名匠ゴットフリート・ジルバーマンは、その最後の作品(1750~1752年)をこの教会のだめに作った。
地下聖堂には、ザクセン州の歴代の王や諸侯らの豪華な石棺が保存されている。

ドレスデン城館 Schloss

高さ100mの塔のある古い建物で、15世紀から1918年まで歴代のザクセン選帝侯の居城だった。外観は重厚感のあるネオルネッサンス様式。
第二次世界大戦で大打撃を受けたものの、現在は元の美しい姿に修復されている。
1階はザクセン王家の宝仏館となっている。

君主の行列 Furstenzug

城通り Schlossstrasse に面した城館の外壁が見どころだ。巨大なモザイク(長さ102m高さ約11m)でできている。
ここには800年にわたってザクセンを統治した歴代の君主35人の姿が、マイセンの陶板を使って描かれている。
すべてマイセンの磁器製タイル張りのこのモザイクは「君主の行列」(1906年)と呼ばれ、ザクセン・ヴェッティーン家の諸選帝侯を表している。
もともとは1876年画家ウイルヘルム・ヴァンターによって描かれた。その後、壁画を保護する目的で1906年に2万5千枚のマイセンタイルに転写された。

交通博物館 Verkehrsmuseum

城通りに面した城館の外壁と反対側は、長い廊下Langer Gangの22のトスカーナ風アーチが、厩舎のある中庭を仕切っている。
かつて厩舎であったヨハノイムJohanneum (ルネサンス様式の入口門「美しい扉 Schone Pforte」の左)で、交通博物館になっている。
古い自動車・オートバイのコレクションや、都市部における公共交通機関の発展の歴史などが展示されている。

聖母教会 Frauenkirche(フラウエン教会)

1945年以前、市内の中心は、バロック様式の記念ドームだった。
これは1743年に、ドレスデンにおけるプロテスタント信仰の中心として建設された。
1945年の空襲には奇跡的に耐え抜いたが、数日後、石材が冷えると同時に崩壊した。
その後、黒い瓦礫の山は戦争の愚かさを伝える遺産としてそのまま残されたが、1994年に再建が決定した。
まだ使える石材には丁寧に番号が付けられ、現場に建てられた修理場の中で新たな出番を待っていた。そして約10年に渡る修復工事の結果、美しさを取り戻した。
瓦礫の破片は時計の装飾に使われるなど、様々な「お土産品」となって再建の資金を稼いでいる。
塔の上に建つ十字架は「和解のしるし」として空爆を行ったイギリスから送られた。
再建された教会の約45%はオリジナルの破片からなっている。
1835人分の座席のある内部は軽やかなパステルカラーの色調。
1743年に建設された当時のバロック様式を再現している。
再建後は宗派を超える人々が集う場として教会音楽関連や文化的な催しが幅広く企画されている。

ブリュールシェ・テラス Briihlsche Terrasse

かつて堡塁のあった場所に作られている。力強いエルベ川と右岸の新市街の眺望が楽しめる。
ここは18世紀、ブリュール伯爵がかつでの要塞跡に作らせた遊歩道で、河を行く舟やボートを眺めるには最適だ。
全長500mにおよぶこのテラスへの入り口は宮廷教会の近くにあり、階段には季節を表した彫刻が施されている。

アルベルティーヌム Albertinum

かつての兵器庫だったこの建物は、今は1885年、新ルネサンス様式のいくつかの博物館となっている。

緑の円天井 Griines Gewdlbe

アルベルティーヌムの中で特に目を引くのが「緑の円天井」と呼ばれるコレクションで、様々な工芸品や財宝の数々が一堂に集められている。
ザクセンの領主たち、とりわけアウグスト強健王があちこちから集めた宝物殿に入ると、まさに「アリババの洞穴」に足を踏み入れた心地になる。美しく上塗りされ金を被せられた130に余る像からなる、目を奪うばかりに豪華な「ムガール皇帝アウレン・ゼブの宮廷Hofstaat des Grossmoguls Aureng-Zeb」と題された豪華な作品は必見だ。
強王お抱えの宝石職人であるディングリンガーが兄弟と共に7年もの歳月をかけて作り上げたこの作品は、ザクセン王の所有する派手な宮殿をそれとなく表現したもので、金箔や高価な宝石が惜しげもなく使われている。かかった費用は、モーリッツブルクにある強王の王宮のそれを上回ったと言われている。

ノイエ・マイスター絵画館 Gemaldegalerie Neue Meister

ローマ時代のものを中心にアンティークの彫刻やコインのコレクションなどがある。
その中で、ツヴィンガー宮殿のアルテ・マイスター絵画館に匹敵するものがある。
19、20世紀のドイツ絵画諸派が、百花繚乱の賑わいを見せている。ロマン派(カスパル・ダーフィト・フリードリヒCaspar David Friedrich 「月を眺める二人の男Zwei Manner in Betrachtung des Mondes」)、ビーダーマイヤーBiedermeier (カール・シュピッツヴェーク「釣り人Der Angler」)、市民的写実主義(アルドルフ・フォン・メンツェルAdolf von Menzel 「ベルリンの旧い修道院教会における説教Predigt in der alten Klosterkirche zu Berlin」)、ドイツ・ローマ派(アノルト・ベックリンArnold Bocklin r夏の日Der Sommertag」。ヴィルヘルム・ライブルWilhelm Leibl 「シュタウフェンペルク男爵の肖像Bildnis Baron Stauffenberg」)、ユーゲントシュティールJugendstil (フリッツ・フォン・ウーデFritz von Uhde 「聖夜Die Heilige Nacht」)。
ドイツ印象派は。三大画家マックズスレーフォークトMax Slevogt「エジプトの作品群 Agyptenzyklus」、マックスリーバーマンMax Liebermann 「アルフレート・フォン・ベルガーの肖像Bildnis Alfred von Berger」、ローヴィス・コリントLovis Corinth 「モデルの休憩Modellpause」によって代表されている。
ドイツ表現主義の前衛派芸術家グループ「ブリュッケ(橋) Die Brucke」は、ドレスデンで結成された。ここではカール・シュミット=ロットルフKarl Schmidt-Rottluff「水浴の後Nach dem Bade」、マックス・ペヒシュタインMax Pechstein 「バルト海風景Ostseelandschaft」が紹介されている。
両大戦間の「革命的」ドイツ絵画を劇的に物語る三折祭壇画が2点ある。戦争行為の狂気と残酷を容赦なく暴いたオットー・ディクスの「戦争Der Krieg」(1929~1932年)と、台頭したばかりのナチ(国家社会主義)政府の未来像を皮肉に予言したハンス・グルンディヒの「千年王国Das Tausendjahrige Reich」(1935~1938年)。
旧東ドイツDDRの画家たちの作品にも、最後の何室かがあてられている。

ドレスデン市歴史博物館 Stadt museum Dresden

ロココの要素を交えた擬古典主義後期バロック様式の、歴史的価値ある優美な別荘(1770~1775年建築)内に収容されている。
市の誕生から1989年に至るまでの歴史をたどる博物館。

聖十字架教会 Kreuzkirche(プロテスタント)

この場所には、かつてニコライ教会という名前で1216年にはすでに最古の教会が建っていたが、七年戦争(1760年)で破壊され、その後1764年ー1844年にバロック様式で再建された。
第2次大戦による被害は、外面上は取り除かれたが、粗漆喰塗りのみが施された内装は、特異な印象を否めない。
この聖十字架教会Kreuzkircheから、有名な聖十字架教会合唱団Kreuzchorが出た。
時々専属の聖十字架教会合唱団がコンサートを行う。教会のミサだけでなく、世界各地へ行ってコンサートを行う歴史ある実力派である。
聖十字架教会ではクリスマスイブの午後とクリスマスの午前中ミサが行われ、聖十字架教会合唱団のコンサートが開かれる。

日本宮殿 Japanisches Palais

1715年から1737年にかけてペッペルマンの監督のもとに建設された、四つの翼を持つ巨大な建物。
別に日本と深いかかわりがあるわけではなく、日本の陶磁器「古伊万里」なども中国の陶磁器と同じように蒐集していたことに因んだものと思われる。
アウグスト強健王のマイセン磁器コレクションを収納するのを目的としていた。隅パヴィリオンの東洋風の屋根が、施設全体にアジア的雰囲気を与えている。
エルベ川側は気分のよい公園になっており、そこから左岸の見晴らしがよい。

ザクセン民芸博物館 Museum fur Sachsische Voikskunst

この美しいルネサンス様式の建物の中に展示されている数多くの品(多色に彩色された家具、玩具7錬鉄製品など)を見ると、ザクセン地方の人々の技量と趣味がよく伝わってくる。

大庭園 Grosser Garten

旧市街の南東にあるのがグローサー・ガルテン
広い並木通りがこの広大な庭園の中央を走り、バロック様式の館 Palais (1678~1683年)に通じている。
いくつかの彫像群、野外劇場などが、この緑の空間を明るく引き立てている。
動物園もある。この動物園には400以上の種を代表する2600頭もの動物かおり、サルの繁殖プログラムでも名高い。入園は閉園時間の45分前まで。
(www.zoo-dresden.de TiergartenstraBe l 4~10月8:30~18:30、11~3月8:30~16:30)
庭園の北西部は植物園(入場無料)となっている。温室は、ドレスデンの凍りつくような冬には特に素晴らしい。

フォルクスワーゲンのガラスの工場 Glaserne Manufaktur

大庭園に隣接して、フォルクスワーゲン社Volkswagenのガラス張りの工場がある。
まるでガラスの宮殿のような建物で、自動車工場には見えない。GrunaerstrasseとLennestrasseの角にあって人目を引く。
ドレスデンは、ドイツ連邦交通省のe-モビリティの推進に積極的で電気自動車の普及の拠点となっている。
ここでは2017年春からフォルクスワーゲンの電気自動車e-Golfを実際に組立て製造している工場で、製造過程の多くを巨大なガラスパネル越しに見られる。
ドレスデン中央駅前から10番トラムで4つ目、「Straßburger Platz」で下車。

ロシア正教会 Russisch-orthodoxe Kirche

駅の東側の道を、南の方角へ。1874年にできたこの教会の設立者は、17世紀ロシア建築を厳密に手本としている。

ドイツ健康博物館 Deutsches Hygiene Museum

リングナー広場Lingnerplatz 1番地。
大庭園の西にあたる公園の中、ブリューアー通り Bluher Strasseから少し入ったところに、見るからに健康的な外観の建物の中にあり、体や、体と環境との関係をテーマに様々な展示を行っている。
口腔衛生用うがい薬で有名な「オドール社 Odol」の製造者であり、当時のザクセンーの富豪であったカール・アウグスト・リングナーKarl August Lingnerの提起によって、ヨーロッパでも他に類のないこの博物館の創設をみた(1912年)。
焦点となるのは、人間とその身体である。健康と環境に対する関心がとりわけ高まっている現代、時局にかなった基本的テーマに関する情報をわかりやすい形で提供するこの博物館は、訪れる人々にかつてない強い説得力を持っている。
常設展示最大のアトラクションの一つ「ガラス製の人間」は、人間の体の機能のすべてを明らかに見せてくれるのも面白い。中には性感染症やエイズに関する優れた展示もある。
「わたしたちの感覚」の部門では、感覚器官を体験する機会が得られる。通常の博物館とは全く異なり、大人も子供も、積極的に参加し実験する気持ちをそそる施設である。
毎週金曜の13:00以降は入館が無料になる。

プフント乳製品製造所 Pfunds Molkerei

「世界一美しい乳製品店」という謳い文句も無理はない。
プフント乳製品製造所の店内は、多種多彩な手描きのタイルとホーロー引きの彫刻(すべてヴィレロイ&ボッホVilleroy & Boch製。かなり高価なので、何一つ壊さないように)で飾られている。
1880年プフント兄弟が設立した乳製品会社で、コンデンスミルクを発明したという。
1972年、東ドイツに国有化され、荒廃したままだったが、1995年に修復された。
店内ではタイルのレプリカやワイン、チーズ、そしてもちろん牛乳も買える。階上には乳製品づくしのカフェ・レストランもある。
Bautzner Strasse 79

ドレスデン周辺の見どころ

モーリッツブルク宮殿 Schloss Moritzburg

ハンザ通りHansastrasseを北西に14km。
1542~1548年モーリッツ公が、ザクセンの王や選帝侯たちの狩猟区の中にルネサンス様式の狩猟の館を建てたのに始まる。
1723~1736年、アウグスト強健王(1670~1733)の要請を受けたマテーウス・ダニエル・ペッペルマンが、これを豪華なバロック宮殿に改造した。
ザクセン地方のバロックの色である黄土色と白の堂々たる角櫓を持つ四翼建築に、池のある庭園が接続している。
車寄せやテラスの欄干を飾る砂岩の彫像群(壺、天使、狩人の像)の一部は、J.C.キルヒナーおよびB.トーマエの作である。
宮殿は今日バロック美術館Barockmuseumとなっている。
見どころは特にバロック様式の内装と、みごとな狩猟の記念物コレクションのある三つの中央広間Hauptsale。
 1661~72年にW.C.v.クレングルKlengel (1630~1691)が建てた礼拝堂は、ペッペルマンによって新宮殿の中に組み込まれた。

キジ飼育場小宮殿Fasanerieschlosscchen(1769~1782年)は、現在鳥類学博物館となっている。徒歩で30分。 

ピルニッツ宮殿 Schloss Pillnitz

エルベ川沿い上流へ15km.
アウグストの離宮、王は船で着て夏を過ごしたという。
アウグスト強王が愛人コーゼル伯爵夫人Coselへプレゼントしたもの。アウグストゥス強王の命により、宮殿建築士ペッペルマンの設計で「山の館」と「水の館」の離宮が1723年に完成。
広大な敷地には78haもの庭園があり、その美しさからドレスデンの真珠ともいわれている。
庭園は緑にあふれ美しく、噴水や建物との景色の調和もとれている。
建物や内装は東洋をイメージしたものが多く、エキゾチックな雰囲気。
中国風のバロック様式の建物もある。(水の宮殿)
屋根の形や彩色された彫刻などには当時流行した中国趣味の影響がみられる。
水の館と山の館の間にある新宮殿は、古いルネサンス宮殿が焼失した後、1818~26年建築家ジューリヒト監督のもとに建てられた。
1714年、愛人コーゼル伯爵夫人は王の不興を買い、宮殿を返還させられた上、シユトルペン城に追放されてしまった。
山の館と水の館 Berg und Wasserpalaisの各部屋は、工芸美術館 Museum fur Kunstgewerbeになっている。家具、金メッキのブロンズ製品、銀器、ガラス製品、陶器(バロック)、アジアの磁器などによって、中国・日本・ザクセンの結びつきが示されている。
庭園は1778年、英国式大庭園に拡大された。池、円形パヴィリオン(1789年)、ヨーロッパにおける中国建築の最も完全な模倣である中国風パヴィリオン(1804年)。
向かいにはエルベ川に浮かぶ唯一の島。この島は鳥類保護区域に指定され、たくさんのハイイロサギ(灰色鷺)が住んでいる。
旧市街エルベ河畔からもピルニッツ城へ来ることができる。
大型の船コーゼル伯爵夫人号、1時間 Grafin Cosel
エルベ川の遊覧船の歴史は古く、1836年から運行されている。
ピルニッツ-ドレスデン間 15eur
ヨーロッパ最大の国立公園ザクセンスイスや陶磁器のふるさとマイセンへも行くことができる。
エルベ川沿いの南向きの斜面にはザクセンワインのブドウ畑が広がる。ロッシュヴィッツ地区には中世の城砦風の城館が点在している。
アクセス
ドレスデン市内バス停 S-Bf. Strehlenからバスで約35分、Pillnitzer Platz下車すぐ
クラインツシャツハヴィッチ停留所 Kleinzschachwitz 2号線終点。
3分歩いてフェリー乗り場へ。トラムの1回券使える。5分で到着。

カール・マリア・フォン・ウェーバー博物館
Carl Maria von Weber Museum(ピルニッツ)

ここは作曲家であり指揮者でもあったウェーバーの夏の別荘で、彼は数年間ここで暮らし、仕事をしたあと、39歳の時、1826年に英国で死去した。
スタッフは非常に熱心で、ここでの定期演奏会も行われている。
Dresdner Strasse 44
水~日13:00~18:00
バス83番に乗り、ファン・ゴッホ通りVan-Gogh-Strasseで下車。

リヒャルト・ワーグナー博物館 Richard Wagner Museum

ウェーバー博物館からさらに南東に行くと、静かな環境の中に堂々たる建物がある。
献身的なスタッフは惜しげもなく、大作曲家の波乱に富んだ一生を事細かに語ってくれる。
Richard-Wagner- Strasse 6, Graupa
火~日10:00~12:00、13:00~16:00

ラーデボイル Radebeul

旧市街から北西約10kmにある町
ここでは現在もまだ旧東ドイツ時代から残る7つの歴史的SLのうちの一つがここに残る。 130年ほど前に開通した歴史ある路線だ。
初乗り運賃は2ユーロから。このSLで通勤や通学をしている人も多い。
終点までおよそ17㎞、50分かけてのんびり走る。
このSLには屋根のない車両が1両ある。開放感いっぱいの旅を味わうことができる。

ラーデボイルには、カール・フリードリッヒ・アウストというワイナリーがある。
白10種類、赤1種類、スパークリングワイン2種類
トラム4番Weinbohla行き
ヒルナイッシュ広場停留所から4番線に乗る。

この地域で最も奇妙な呼び物の一つがカール・マイ博物館 Karl-May-Museum だ。
ドイツ最高の冒険小説作家を記念した博物館である。
マイ(1842~1912年)は今でもドイツで最も広く読まれている人気作家の一人で、アメリカ西部やエキゾチックなオリエントを描いたわくわくするような物語は、世界中で1億冊以上売れている。
 そうした物語のおかげで、1880年代にマイは有名人であった。写真を撮るときにはカウボーイの服を身につけ、サインを頼まれればオールド・シヤッターハンド(マイの作品の登場人物)と書くのが常だった。
ヴィラ・シャッターハンドVilla Shatterhand (シヤッターハンドの邸宅)には、武器、狩猟の記念品、アメリカや近東からの雑多な品々といった彼の個人コレクションが収められている。
一方、ヴィラ・ベーレンフェットVilla Barenfettには、ネイティブ・アメリカンに関する展示があり、高く評価されている。
5月には大人気のカール・マイ祭Karl-May-Festがラーデボイルで催され、頭には羽根飾りがついた帽子をかぶった酒豪揃いのドイツ人たちがこぞって訪れる場所となっている。
ドレスデンからは、S1に乗って、北のラーデボイル・オスト駅Radebeul-Ostまで来るか、4番のドラムでシルデン通りSchildenstrasseで下車する(20分)。
www.karl-may-museum.de
Karl-May-Strasse 5
3~10月 火~日9:00~18:00、11~2月10:00~16:00)

ヴェーゼンシュタイン Weesenstein

ドレスデンの南東16kmにあるヴェーゼンシュタイン城Schloss Weesensteinは、ドイツに現存する中世の城の中でも、訪れる人が最も少なく損傷も最も少ないものとして五指に入る。
ボヘミアにまで及ぶ領土を保有していた代々のドーナ辺境伯が建てた城で、最初は13世紀、人の往来が激しい通商路沿いの要塞だった。
1385年、辺境伯一族の息子の一人が、コルビッツColbitz出身の騎士イェシュカの妻と踊ったときに、あまりにも距離が近すぎたのが確執のきっかけとなった。
続く20年の間にこの確執は、一族と一族の全面戦争に拡大し、紛争を公明正大に裁くべく、マイセン辺境伯が呼ばれた。彼は公明正大にもこの城を我がものにするという裁定をくだしたうえで、仲のよいビューナウ一族に与えた。この一族が続く360年間この城に住まうことになる。そののち城はヨハン王の住まいとなり、1860年以降はピルニッツPillnitz宮殿ではなくこの城がザクセン宮廷となった。
今日ではこの城はゴシック、ルネサンス、バロックの建築様式が混じり合ったものとなっている。
城の一部は博物館になっており、王族が使用していた部屋などを当時の状態のままで見ることができる。王族や召使いたちの実際の暮らしぶりがわかるように、トイレにいたるまでの詳細な展示がある。
城内ビール醸造所Schlossbrauereiは16世紀以降、ヴェーゼンシュタイン・ビールが醸造されてきた場所で、現在はレストラン。
美しい礼拝堂では定期的にコンサートが開かれている。ビューナウ一族の宮廷音楽家が作った曲の楽譜が州の公文書館で見つかったばかりで、その曲を録音したCDが入館料金を払うところで購入可能。
城の背後に広かっているのはバロック庭園である。この庭園は2002年8月の大洪水でほとんど全壊し、現在は手をかけて再建されている。
聖霊降臨祭Pfingstenの期間中、街ではミッテルアルターフェストMittelalterfest (中世祭り)が開催される。
馬上試合、中世の工芸品、地元の名物料理、醸造されたばかりのビールなどが特色となっている。
天気に恵まれれば、ドイツでも最も楽しめる時間を過ごせ、よくある観光コースとは一線を画している。
www.schloss-weesenstein.de
4~10月9:00~18:00、11~3月10:00~17:00)
アクセス
ドレスデンからの列車はピルナPirnaかシェーナSchona経由でヴェーゼンシュタイン Weesenstein駅まで運行している(35分)。
駅は城の約500m南にあり、道なりに丘をよって行くといい。
車だと、ドレスデンから東を目指してB172号線沿いにアルテンベルクAltenbergまで進み、陸橋をすぎてすぐ右に曲がり(「ドーナDohnaへ」という標識がある)、標識の指示どおりに行くと城に着く(約7km)。
















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