ペルレベルク Perleberg

ブランデンブルク州
人口:約12,000人


概要

ベルリンとハンブルクの中間、ヴィッテンベルゲ Wittenbergeに近いところに位置する小さな街。
東ドイツ時代は軍が駐留し、地方自治体の行政の中心地であったが、ドイツ統一後は人口流出で過疎化が進んでいる。
ドイツのブランデンブルク州の北西に位置するプリグニッツ地区の首都。ここには軍が駐留し、地方自治体の行政の中心地として長い歴史がある。
この町は運河に囲まれていて、かつてハンザ同盟に属していた。
ペルレベルクの旧市街は、プランテンプルク地方の都市の特徴である碁盤目に区画されておらず、川の蛇行に沿って造られている。立派な市民の館か建ち並ぶ通りが、歴史的旧市街の中心である教会広場と大きなマルクト広場へと続いている。
16,17世紀の切妻造りの家の間には、14世紀に建てられたゴシック様式の聖ヤコブ教会や15世紀の市庁舎が建つ。
木組みの家が一部に残されているが、西側にように観光目的に大々的に再建することはなかった。

この町で生まれたオペラ歌手がいる。
20世紀前半の最も偉大なソプラノの一人、ロッテ・レーマンLotte Lehmann(1888―1976)である。
ベルリンで学んだ後、1910年にハンブルク歌劇場のワーグナー「ローエングリン」でデビュー。 1914年、ウィーン宮廷歌劇場にデビューし、娘役からドラマティックな役まで幅広く活躍した。
1938年、ナチス・ドイツによりオーストリアが併合され、彼女はナチの台頭を嫌ってアメリカに移住。1945年にオペラ歌手としての引退を迎えるまで、メトロポリタン歌劇場やサンフランシスコ歌劇場を主な活動拠点としていた。歌曲の歌手としてまた指導者としても知られる。
彼女の音楽業界への貢献をたたえ、ハリウッド名声の歩道の1735番目の星にその名が刻まれている(Lottiと誤って刻印されている)。
1976年、カリフォルニア州サンタバーバラで88歳の生涯を閉じたレーマンは、ウィーン中央墓地の32C区に葬られている。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校のコンサートホールは彼女の名にちなみ、「ロッテ・レーマン・コンサートホール」と名付けられた。また1995年には「ロッテ・レーマン財団」が設置されている。

ペルレベルクへのアクセス

ベルリン中央駅Berlin HbfからヴィッテンベルゲWittenbergeまで普通列車REで約90分。
ほぼ1時間間隔
乗り継いでペルレベルクPerlebergまで10分

フランクフルトからはベルリン経由が便利だ。















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