ヴィスマール Wismar

メクレンブルク・フォアポンメルン州
人口 約43,000人

概要

ハンブルグ Hamburgの東130km、リューベックLubeckからは東へ45km、ロストック Rostockから西へ60 mの市にある。
バルト海のヴィスマール湾に面した天然の良港を持っている。

13世紀、北ドイツに住む人たちが海辺の地ヴィスマールに移住し、町づくりが始まった。
バルト海を横行する海賊から都市と船舶を守るためリューベック及びロストックと協定を結び、それが後にハンザ同盟へと発展した。
13世紀から14世紀にかけてこの町は毛織物を主産業として繁栄するハンザ都市であった。

旧港はバルト海から深く入り込んだ入り江に建設された。その理由はバルト海から押し寄せる高潮の被害を逃れるため入り江が必要だった。

教会ならびに市内の建造物は「ハンザ同盟都市の煉瓦建築」を代表し、2002年にバルト海沿いの東方にあるシュトラールズントともに「シュトラールズント歴史地区とヴィスマール歴史地区」として世界文化遺産に登録された。

かつて、北欧やロシアとの交易品の取引でにぎわった岩壁には、ヴィスマール名物の魚の燻製を売る小型漁船が停泊している。甲板一杯のニシン、サーモンなどバルト海の新鮮な魚の燻製がずらりと並べられ、あたりは燻製独特のにおいが漂っている。
観光客の人気なのが、燻製ニシンの塩漬けのサンドイッチ、ロールモップス。

中世から変わることなく、この港には、商人たちの威勢のいい掛け声が行きわたっている。
ハンザ同盟時代、強固な城塞都市だったヴィスマールだが、1865年になり、城壁は次々と撤去されていった。5つあった水門のうち、残されているのは、1450年に建設された後期ゴシック様式で建てられた水門が唯一つのみ残されている。

港から水門に入ると、旧市街になる。レンガ・ギシイク様式の街並みはハンザ同盟都市のレンガ建築を代表していると評価され、2004年世界遺産。

17-18世紀にドイツが三十年戦争に突入すると、ヴィスマールはスウェーデンの支配下におかれ、南スウェーデンとよばれることもあった。
祖国ドイツに戻ったのは、1903年であった。スウェーデン支配の名残も残す。
「スウェーデンの頭」と呼ばれる偶像を付けた建物を今でも町のそこかしこで見ることが出来る。
旧市街の中には、13世紀半ばに、荷物運搬用に造られた用水路がある。ドイツで最古の用水路の一つとされている。

歴史的なレンガ造りの建造物は、ヴィスマールの繁栄をもたらした政治と経済の証である。大きなヴィスマールのレンガ造りの教会に、南部バルト海圏におけるハンザの宗教建築のすべての要素を見ることができる。昔の一般建築物を見てもこの町の豊か古を感じる。

1602年、町の中心マルクト広場に建てられた給水塔、当時、ヴィスマールはビールづくりが盛んで、飲用可能な水が必要であった。
広場周辺に多くのビール醸造所が建てられた。給水塔は19世紀半ばに現在の姿になり、給水塔らしからぬデザインはバーサークンスト「水の芸術」とよばれている。

マルクト広場に近いビール醸造所の一つが1452年に創業されて以来、563年間ビールを醸造し続けてきたのが、ブラウハウス・アム・ローベルク Brauhaus am Lohberg.
今でもビアレストランとして店内でビールを作っている。このレストランで飲めるのがヴィスマールの伝統的な製造で作られた地ビール、ヴィスマーラームンメ。ムンメは男の意味。
ヴィスマールの醸造所の歴史は15世紀にはじまる。1464年ころ、ヴィスマールには、183軒ものビル醸造所があった。バンザ時代、ヴィスマールは最もビール醸造が盛んな町の一つだった。その理由は、当時の飲み水は汚染されていた。ところが、ビールにすると水より清潔な飲み物となった。人々にとって、ビールは長持ちで清潔な飲料水でビール醸造が盛んだったのである。
ヴィスマーラームンメは強い黒ビールである。濃い色は特別に焙煎されたモルトの成分に影響である。多量のモルトを使い、特別な醸造方法でアルコール度数は非常に高く、10%である。

アクセス

鉄道

ロストックRostock Hbf からは約1時間15分、ほぼ1時間間隔。

ベルリン中央駅 Berlin Hbf から直通で約3時間半、ほぼ2時間間隔。

ハンブルグ中央駅 Hamburg Hbf からは直通はなく、シュヴェリーンSchwerin Hbf で乗継となる。
ICEで約1時間、普通列車もある。ほぼ1時間間隔。
シュヴェリーンSchwerin Hbfより先のバート・クライネンBad Kleinenで乗り継ぐこともできる。
シュヴェリーンSchwerin Hbfからヴィスマールまでは普通列車REで35分

遊覧船クルーズもある。
2時間のクルーズ や食事付きクルーズもある。
ヴィスマール駅から徒歩10分

見どころ

ハンザ同盟の最盛期に多くの商人、船乗りが往来していたため、それぞれの職業で教会を建てていたが、第2次世界大戦でほとんどが破壊されてしまった。
ドイツ統一からまだ日が浅く、それらを再建することは難しく、外観だけを残している3つの建物をモニュメンタルな観光資源にしている。ヴィスマールの三大教会と称している。
旧市街にはユニークな建物が多いので、散策していて退屈しない。時間をかけてゆっくり巡ることをお勧めする。

マルクト広場

旧市街地の歴史地区の中心になっていて、100m四方のほぼ正方形の広場に面して、バルト海沿岸におけるレンガ造りの重厚なゴシック建築が並び、市庁舎や観光案内所、ホテル、レストランなどが軒を連ねている。
「北ドイツのもっとも美しい広場」とも言われている。広場に面する家々は幅広い時代にまたがって時代ごとの建築様式を伝えており、ハンザ商人たちが建てたものの他、スウェーデン時代に建てられたものなど色とりどりである。
この広場でひときわ目をひくのが、ビール醸造とも結びつく建物ヴァッサークンスト。青銅製の屋根が付いた美しい給水塔。
ビール醸造が盛んだったヴィスマールでは大量の水が必要だったため、町の中心に給水塔や水路が作られた。
マルクト広場に面する建物の中で、ヴィスマール最古の建築物がある。
1380年建設の「年寄りのスウェーデン人」の意味のアルター・シュヴェーデである。
1878年以降は、居酒屋になっている。

ニコライ教会 St. Nikoreikirche

ヴィスマールの三大教会のなかで、唯一本来の教会らしい祈りの場が修復されている。
オリジナルの建物は、1380年から1508年にかけて建てられたものであり、レンガ建築の聖堂としては、リューベックの聖母マリア教会に次いで世界で2番目の高さを持つ。
内部では、1430年ごろ作製の、様々な聖人の彫像に飾られた「小売商人ギルドの祭壇」をはじめとする豪華、多彩な調度品に飾られている。
ドイツで4番目に大きな身廊を持つ後期ゴシック様式教会で、船乗りや漁師たちの信仰を集めていたという。

ゲオルグ教会 St. Georgen Kirche

レンガ造りの聖堂で、13世紀末から15世紀に建てられた後期ゴシック建築。
第二次世界大戦で爆撃をうけてそのままになっていて内部はがらんとしている。教会の雰囲気はない。

マリエン教会 St. Marien Kirche(聖マリア教会)

マルクト広場のそばにそびえる80mもある塔がシンボル、14世紀に建てられたもの。
かつては入港する船にとって、目印として機能していたものであった。
第二次世界大戦で爆撃で、今は塔部分だけが残されている。

シャッベルハウス Schabbellhaus

市長を勤めた豪商のヒンリヒ・シャッベルの邸宅であったが、現在は市の歴史を扱う歴史博物館となっている。この建物はネーデルラント・ルネサンス様式の赤レンガ造り3階建ての建物で、ハンザ都市時代の商人のかつての館の様子を知ることができる。

ヴィスマールマップ

https://www.wismar.de/Bürger/Verkehr-Parken

https://www.google.de/maps/search/stadtverwaltung/@53.8904975,11.463113,17.08z















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