ブラウンシュヴァイク Braunschweig

ニーダーザクセン州
人口:約250,000人

概要

州都ハノーファーの南東55kmほどに位置する
ニーダーザクセン州でハノーファーに次ぐ大きい都市である。

12世紀の帝国の強力な大公ハインリッヒ獅子王と、唯一ヴェルフェン家出身で皇帝となった獅子王の息子のオットー4世は、ブラウンシュヴァイクを居城地としていた。
赤髭王フリードリヒ(一世)にとって目の上のこぶであった。
獅子公が帝国法廷への出頭を拒否するや、皇帝は上部ヴェーザーと下部エルベ間の彼本来の領土を除いて、その全財産を没収した。獅子公は1195年に没している。

現在は電子産業、光学産業の町であり研究の中心地であるブラウンシュヴァイクは、過去の栄華を物語る歴史的建造物の数々を、再建・修復し、保存している。

市街地を流れるオーカー川に川港が開かれ、川を使った水運が発達し、引き込み線を使った水運と鉄道輸送との連携により近隣の工業地帯 Hansestrasse および Heesfeld との流通を支えている。
旧ハンザ同盟都市として何世紀にもわたり流通の要を務めたブラウンシュヴァイクは、オーカー川とアラー川、ヴェーザー川を結ぶ水運の活用に努めてきた。

1989年に東ドイツとの国境が開かれるまで、エルベ川の水位に合わせる閘門を管理するブラウンシュヴァイクはベルリンへ向かう東西ドイツの水運を一手に引き受ける国境の貿易港であった。しかしながら東西合併により重要拠点の地位は失われ、港にあった船会社および倉庫会社も減少している。

ドイツでも有数の、2000年以上の歴史を持つ磁器や絵画や他の芸術品のコレクションがある。第二次世界大戦の激しい爆撃をまぬがれた中世の建物がいくつかあり、きれいな公園もある。

こじんまりした魅力的な旧市街を囲んで町の防御として利用したオカー川が流れている。
ほとんどの見どころはこの旧市街の中心となるマルクト広場Markt周辺にある。
歩行者天国のショッピング街の中心となっている。

ブランシュヴァイクへのアクセス

鉄道
ハノーファー中央駅Hannover Hbfからブランシュヴァイク中央駅Braunschweig Hbfまで
特急ICで33分、または快速列車WFBで50分。
ほぼ30分間隔。

ベルリン中央駅Berlin Hbfからブランシュヴァイク中央駅Braunschweig Hbfまで
特急ICEで1時間25分、ほぼ1時間間隔

フランクフルト中央駅からブランシュヴァイク中央駅Braunschweig Hbfまで
特急ICEで2j感45分。1時間間隔。

空港 ブラウンシュヴァイク・ヴォルクスブルク空港 (IATA: BWE、通称ブラウンシュヴァイク空港) は市の北、ハノーファーとマグデブルクの中間にあるが、民間の旅客便の運航はない。

ブランシュヴァイク市内の交通機関

ブランシュヴァイクは、トラムとバスが運行されている。
バスとトラムの料金は距離ではなく時間で決まっていて、90分の切符と、1日乗車券がある。
トラムは5路線が運行されている。

ブランシュヴァイクの市街地

旧市街マルクト広場 Altstadtmarkt

ブラウンシュヴァイクの人が「伝統の小島」と呼んでいる旧市街マルクト、戰争による破壊をまぬがれたり修復されたりした古い建物群は、市の各地に点在して、ブルジョワ的旧市街の歴史的都市像を彷彿(ほうふつ)とさせる。
旧市街市庁舎 Altstadtrathausは、段状破風(はふ)のある二つの建築部分が互いに直角をなして建っている。広場に面したファサードの控え柱には、ザクセンおよびヴェルフ家の諸侯の立像がある。
ポスト通りPoststrasseの中央には、4階建ての主棟の上にルネサンス様式の装飾を施された、やはり4層の切妻を戴く織物商館Gewandhaus(1303年、ファサードは1590年)がそびえている。渦の中央を下に置き上部が細くなった持ち送り、小像、先端が尖った石球などが、段状破風のギザギザの形状を和らげている。

ブランシュヴァイクの見どころ

大聖堂 Dom

ヴェストヴェルクWestwerk (中世初期の教会堂西側に設置された、塔を持つ豪壮な建物)の土台の上に、聖ブラージウス大聖堂(ドーム) St.Blasius Domの8角形の二つの塔が載っており、両者はゴシック様式の鐘楼(1275年)によって互いに結び付けられている。
市にある他の教会はすべて、形状・配列ともこのドームの影響を強く受けている。
 ハインリヒ獅子公が建てたこのロマネスク様式のドームは、やや尖塔式の半円筒ボールト(半円筒円天井)で覆われているが、多くの透かし彫りや窓によって建物全体の重苦しさが和らげられている。
本来の二つの側廊は、ゴシック様式時代に新しい四つの側廊に置き換えられた。北側廊には後期ゴシック様式のホールができており、互いに反対の向きにねじれた螺旋柱が交互に並んでいる。
 内陣と翼廊は13世紀の壁画で飾られている。見どころは、内陣にあるハインリヒ獅子公寄贈の大きなブロンズの燭台★、北側廊にあるイマーヴァルト(1173年頃)の完全に着衣のキリスト像、中廊のハインリヒ獅子公と彼のイギリス人の内妻あるいは配偶者だったマティルダの墓標など。内陣下の地下聖堂にはヴェルフ家の諸侯の墓がある。
大聖堂では平日の17:00からオルガン演奏付の短い礼拝を行っている。日曜の10:00からはプロテスタントの礼拝がある。

アントン・ウルリヒ公博物館 Herzog Anton Ulrich Museum

ヴェルフェン公爵が創立した、世界で2番目に古い公共美術館という。
ブルース・チャトウィンの作品に出てきた強迫観念にとらわれた収集家のウッツ男爵のように、ブラウンシュヴァイクの有名な公爵アントン・ウルリヒも中国からヨーロッパに至るまでの磁器の人形や、陶磁器、家具、あらゆる種類の絵画に興味を持っていた。
古代ローマのオニキスの杯を含む人工遺物は、何年にもわたるいたずらに耐え、フュルステンベルクFurstenbergの磁器のコレクションは他の博物館にはない完全なもので、ひとつの階に集められている。ルーベンス、レンブラント、フェルメールなどを含むオランダ、フランス、イタリアの絵画は階下に展示されている。
絵画部門は、特に17世紀のフランドルおよびオランダの巨匠(レンブラント「家族の肖像」、「嵐の風景」、ルーベンス、フェルメール、ロイスダール)にスペースを割いている。また16世紀のドイツの巨匠たち(クラーナハ、ホルバイン/子、アーダム・エルスハイマー)ならびに15世紀のイタリアの巨匠たち(ジョルジョーネ、パルマ・ヴェッキョ)の作品も注目される。
銅版画収蔵室には、デューラーから現代に至るまでの作品が集められている。ルネサンス時代(マジョリカ焼、リモージュのほうろう製品/七宝焼)、およびバロック時代の美術工芸品(家具、ブロンズおよび象牙製の像、時計)が、博物館のコレクションに花を添えている。
美術館のスタッフが少ないために、いつでもひとつの階しかオープンしていない。そのため、一般の開館時間中は、絵画の階が1~2時間開き、そのあとに工芸品の階が数時間開く、という具合に館内すべてを見学するには、かなり時間がかかってしまう。
時間の合間はカフェで過ごすつもりで行くのがいい。

ダンクヴァルデロ一デ城 Burg Dankwarderode

アントン・ウルリヒ公博物館の中世コレクションーになっていて、徒歩5分にある。
見どころは上階にある華麗に装飾された広大な騎士の間Knights'Hallだが、彫刻された金の紋章や、中世のマント、町のあちらこちらで複製を見かけるライオン像のオリジナルなどがある。
宗教的金細工品のコレクションに優れる。また聖ブレース(大聖堂およびヴェルフェン家の守護聖人)の腕の聖骨箱、オットー四世の皇帝マントや、聖エギーディウス教会の貴重な聖福音集なども見られる。
ここでも同じオープンの時間差があり、ひとつの階が開いている間、他の階は閉まっているので、短い時間ですべてを見て回ることができない。

マルティン教会 Martinkirche

教会の外装建築(13世紀半ば)は、明らかにドームに範をとっている。
翼廊の切妻は、北側はキリストの復活とマイェスタス・ドーミニ(主の威厳)のモチーフ、南側は聖母マリア、三博士および多数の聖者たちの像(14世紀)で飾られている。右の側廊にある最初の礼拝室(聖アンナと聖母マリアの立像)には、バロック様式の蓋の付いたゴシック様式のブロンズ製洗礼盤がある。説教壇の足もとには、17世紀の士官の制服に身を包んだ聖マルティンの騎馬像がある。

ブランシュヴァイク周辺の見どころ

ケーニヒスルッター・アム・エルム Konigslutter am Elm

ブラウンシュヴァイクから東に20km。
美しいエルムの森の足元に位置するケーニヒスルッターは、そのベネディクト会大修道院によって広く知られている。旧修道院付属教会 ehemalige Abteikircheは三廊式で、さらに五つの後陣を持つロマネスク様式バシリカ。中央後陣のきわめて豊かな立体装飾は、ロンバルディアを手本としている。
獅子玄関と呼ばれる北玄関は、2本の螺旋柱が三つ葉飾り模様を持ち、その2本の柱はしかめつらをした獅子の上に載っているという、非常に独自の構造を取っている。
 回廊の二廊式北翼は、ロマネスク様式の交差ボールトを持ち、ぜいたくに装飾が施された柱に支えられている。















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