エムデン Emden

ニーダーザクセン州
人口:約50,000人

概要

オランダ国境に近く、エムス川河口付近に位置する港湾都市。
16世紀、エムス川Ems河口が砂に埋もれ、エムデンは重要な港町としての地位を失っていた。
17世紀、80年戦争の戦禍を逃れた大量の移民が訪れたことが街の繁栄につながった。
カルヴァン派の中心都市の一つとなり、聖書のオランダ語への翻訳が最初に行われた。

20世紀になって川に堤防が築かれ、またドルトムント・エムス運河Dortmund-Ems-Kanalおよびエムス・ヤ-デ運河Ems-Jade-Kanalの開通によってルール地方と結ばれ、運河を通して南部からは石炭が運ばれ、ライン・ルール地方には鉄が運ばれた。1986年まで鉄の運搬船がエムデンに係留されていた。
今日ニーダーザクセン随一の貿易港として興隆することになった。町の経済の重点は自動車輸出と造船である。
また、ルール地帯向け鉄鉱石の倉庫として、世界各地からの巨大な鉱石貨物船を引き付けている。
さらに、北海の天然ガスをヨーロッパ大陸に受容するための専用施設が、ここに置かれている。

エムデンの名はドイツ帝国海軍の小型巡洋艦の艦名として知られていた。艦名の由来は当時のエムデンの市長によって命名された。
1909年に就役し、翌年中国の租借地の青島を本拠地とする東洋艦隊に配属されていた。エムデンは優美な船型から「東洋の白鳥」とも呼ばれていた。
第一次世界大戦では小型巡洋艦エムデンがインド洋で通商破壊を行い大きな戦果を挙げた。
しかし、エムデンは1914年11月9日にオーストラリア海軍の小型巡洋艦「シドニー」との戦闘で破壊された。

エムデンの街は第二次世界大戦で連合国軍の空襲によりほぼ全ての歴史的建造物を含め町は破壊されつくした。1944年9月6日に最も破壊的な爆撃を受け、街の80%ほどの家が破壊された。
18年後の1962年になって、街はようやく再建された。
また、ボルクム島Borkumとの間にはフェリーが定期的に運航しており、エムデンは東フリージア諸島への旅の出発地点としても便利である。

エムデンへのアクセス

ハンブルグHamburg Hbfからの直通列車はない。ブレーメン乗継となる。
ブレーメンBremen Hbfから地域特急ICで約1時間40分。ほぼ1時間間隔。

見どころ

州立東フリージア博物館 Ostfriesisches Landesmuseum

旧市庁舎Altes Rathaus内。
泥炭地の発掘物、港と漁船の模型(エムデンはドイツのニシン漁の最も重要な母港であった)、ネーデルラント派の絵画などが、この町の多彩な過去を物語っている。
この博物館のメインは、旧兵器庫 Rustkammerのみごとなコレクション。16~18世紀の武器・甲胄や、古い時代の武器の複製品によって、武器製造の歴史を伝えている。塔からは、港とエムデン近郊が見晴らせる。

美術館 Kunsthalle (ヘンリー・ナネン財団Stiftung Henri Nannen)

ヒンター・デム・ラーメンHinter dem Rahmen 13番地。
市の北西。ポストモダンの赤い煉瓦造りの館内に、ドイツ表現主義・新即物主義の豊富なコレクションを収める。「シュテルン」誌の創刊者であるエムデン生まれのヘンリー・ナネンHenri Nannenが、生涯を通じ、その深い造詣を生かしつつ丹精を込めて集めたものである。現代絵画・彫刻作品も見られる。

エムデン近郊

グレートシール Greetsiel

エムデンの北西15km、絵のように美しい漁港である。
漁業用の帆船と二つの風車が、フリースラントFrieslandの特徴を典型的に示している。















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