フリッツラー Fritzlar

ヘッセン州 人口:約15,000人


概要

メルヘン街道沿いの町で、穏やかに流れるエーダー川Ederの谷間を見下ろしている。

この街は、ドイツ中部および北部のキリスト教化ならびに中世の神聖ローマ帝国の起点となった聖堂と皇帝の街である。

フリッツラーの名前は「平和の地」を由来し、この町からボニファティウスは中部および北部ドイツのキリスト教化に着手した。
723年、ボニファティウスは異教徒であったゲルマン民族を改宗させるため彼らの神木であった樫の木(オーク)を切り倒してしまった。
翌724年にその木材を利用して教会を建てた。その逸話を示すボニファティウスの像が大聖堂広場にある。右手に聖堂を左手に斧を持っている。

また、フリッツラーは919年に帝国会議でハインリヒ1世が東フランク王に選出された都市であった。

中世のフリッツラーは、全長 2.5キロメートル、高さ 7.5メートル から 10メートル、厚さ平均 3メートルの市壁で囲まれていたが、18世紀以降その 2/3 が取り壊されてしまっている。
戦略上重要な地点には塔が設けられ、少なくとも5箇所の監視、防衛活動のための足場であるフルデが強化されていた。
23基あった見張り塔のうち、現存するのは10基である。グラウアー塔(灰色の塔)は 37メートルの高さがあり、ドイツに現存する最も高い市の見張り塔である。

市街地の中心のマルクト広場には一群の木骨組の建物が建ち、ヘッセン州で最も美しい広場のひとつと言われている。
第2次世界大戦で連合軍との激戦を繰り広げた地で、多くが破壊されてしまっていたが、戦後木骨組の家並が再現された。

フリッツラーはカッセルから列車で10分にあり、フランクフルトからも日帰り圏内にある。

フリッツラーへのアクセス

フランクフルト中央駅Frankfurt(Main)Hbfから快速列車RBで1時間56分
カッセル駅Kassel-Wilhelshoeheで乗り継いで8分
ほぼ1時間間隔

フリッツラーの旧市街地

マルクト広場 Marktplatz

石畳で覆われたマルクト広場には色とりどりの木骨組の切妻建築が建っている。
広場の噴水(1564年)の柱には、ブレーメンと同じく、市民の自由と独立を象徴する高さ10メートルのローランドRolandの立像が見られる。
1480年に建てられたミヒャエル兄弟会のギルドハウス、1415年建築の町最古の傾いて建つ木骨組の家シュピツェンハウス(とんがった家)が、歴史的にとくに貴重な建物である。
この広場では、午前中は、沢山のテントが所狭しと並び、色鮮やかな野菜や果物、惣菜をはじめ、パンやチーズ、ソーセージやハム類、日用品や手芸品などが売られている。
クリスマス時期になると、大きなクリスマスツリーが飾られ、ステージが設けられる。
マルクト広場の近くに、3つの尖塔がついた大きな建物の市庁舎が建つ。
1109年に造られたもので、下の部分は がっしりとした石積みになっている。

ホッホツァイトハウス

1階が石積み 赤い木組み、白い壁、赤い屋根の建物はフリッツラーで最も大きな木組み1590年に造られ 結婚式や命名式に使われていたという。現在は 市の歴史博物館になっている。

フリッツラーの見どころ

聖ペーター大聖堂 Dom

ヘッセン州の4大聖堂の一つといわれている。
13世紀に、ボニファテュスが建てた教会の跡に建てられたのが2本の尖塔のある聖ペーター大聖堂である。
古い教会の部分としては、西ファサード、塔の土台、地下聖堂Kryptaのみが残っている。後陣には、ライン地方風の小さな柱廊がめぐらされている。このドーム建築は、複雑に入り組んだ屋根の構造と、北側後陣上にある聖堂参事会ホールの優美な木骨組のファサードが特徴的である。
西ファサードにある正面玄関口から入る。
見どころは、ゴシック様式の聖体安置塔Sakramentshaus、内陣入口の左右にあるロマネスク様式の木彫の柱像(マリアとヨハネ)。地下聖堂は、大規模な地下施設となっている。3廊式の中央地下聖堂には、簡素な刻み目模様のついた美しいロマネスク様式の方円柱頭で飾られた柱があり、フリッツラー最初の大修道院長聖ヴィークペルトの墓所となっている。

ドーム宝物と博物館 Domschatz und Museum

回廊を通って内陣の右隣り。典礼に使う道具、ミサ祭服、価値の高い彫像の数々。
特に、真珠やカメオ、様々な宝石をちりばめた皇帝ハインリヒニ世の十字架1020年)、ロマネスク様式の円盤聖遺物箱 Scheibenreliquiar (12世紀)が見どころ。















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